ニュースレター

2011年7月23日

「ニュー プラネット」第27号 高貴幸麗者 ~こうきこうれいしゃ~


暑い日、涼しい日,そしてまた猛暑の毎日ですが、皆様お元氣なことと思います。

まずはご報告ですが、5月28日土曜日に当クリニックにて第3回サンクスオープンデーを開催いたしました。
その際、東北地方の地震へのご寄付を多数いただきました。それに、院長特別外来などで発生する寄付をあわせまして、「ふるさと義援金」制度を利用し、今回はまず原発施設のある福島県大熊町役場へ寄付させていただきましたことをご報告いたします。ご協力ありがとうございました。

さて、今日は面白い言葉をみかけましたのでご紹介します。
「高貴幸麗者」 こうきこうれいしゃ
だそうです。ある方がご自身のことをこう書いていました。
「後期高齢者」と音は同じでもニュアンスが変わってくるのが漢字の素晴らしいところですが、「高貴幸麗者」と目にするだけでもいくらか氣持ちがかわってくるのが人間として面白いところです。
私たちは、これまでの生き方、考え方、習慣や社会的常識とされていることなどから、悪いこと、起こってほしくないことを想定して、それを避けるための行動をおこすことで危険や悪を回避してきました。戦って生きてきたのです。
けれども、このあり方には見直す点もあります。
問題にばかり注視し続けていると、それだけにとらわれてしまうことが非常に多いのです。
簡単にいうと、脳は増幅装置的であるので、問題を一度認識してそれについて延々と悩み心配し、まだ先の将来を悲観していると、心身に強い緊張を生み出し、その結果、本当に体調不良が生み出されてきます。
ですから、問題を認識したら(たとえば、とても膝が痛い、など)ひとまずそれに対してできうる対処をして(病院を探そう)、あとはあらゆる解決方法だけに注目していきます。
どれだけその問題が解決したらよい氣分であろうかなどと、「ほしい結果」(この場合は、膝の調子がとても良くて毎日がとても楽しく満たされた氣分)をまずフィーリングで「先取り」するのです。
確かに痛みのある膝を相手に、いい氣分でい続けようとするには、はじめは練習がいります。たとえば生命力を最大限謳歌している生き物(赤ちゃんや、自然の草花、大自然の営み、など)にならう必要があるかもしれません。
けれども、自転車の補助輪が外れるときと同じです。
しばらく練習がいるのですが、一度このあり方、考え方でうまくいくと、それは人生全般に応用できますし、もう補助をつけなくても自転車に乗ることができるようになります。
目線が異なってくるのです。

当クリニックの診療の中で私が心がけていることの1つは、

  • この補助を外すタイミングを見極めること

そして

  • 望むなら、必要なら、補助輪を外すお手伝いをすること

になります。

無理やり補助輪を外して、さあ補助なし自転車が一番いいのだからこれで早くこぎなさい
ということは、よく見聞きしますが、これは、医療者サイドの罪悪感や無力感に根付いていることが多いおしつけや強制で、意味のあるものではないと感じているので、私の好む方法ではありません。

補助輪を外したいですか?
新しい視点から健康もとらえることができますよ、のぞいてみますか?
そしてもし補助輪を外すなら練習できますよ、
ということを様々な方法からお伝えしています。

お話が「高貴幸麗者」から拡大していますが、健康、よりよく生きていく、ということには、考え方や物事の捉え方がとても大きく関与してきます。
目線や視点がかわるだけで、同じ状況へも異なった解釈がみえてきます。
そしてそれをご案内することが当クリニックの役割の1つです。
皆様もどうぞ、心身の不安や心配を考えすぎているな、と感じることがありましたら
遠慮なく胸の内をお話ください。
ご自身が必死に補助輪をつけていることにまずは氣付くかもしれません。

これからますます暑い夏が予想されます、どうぞウエルネスに診療、エクササイズ、マッサージなど各種メニューをご利用ください。
暑くてぐったり~というときは、「高貴幸麗者」を思い出してニヤッとしてみましょう。
きっとその笑いが心身快調の1歩になることと思います。